その街には星が降る。人の願いがつまった星が、地上に降りる場所。
星降る街、そうその街は呼ばれていた。星降る街の住人は翼を持っていた。
飛ぶこともできない、飾りのような翼を。ニセモノの翼を、彼女たちは持っていた。
星降る街の空はいつも紺碧の色をしていて、ガラスを散りばめたかのように星が瞬いている。一線が空に通ればそれは星が降った証拠。地上に舞い降りた星は
住人の手に触れることなく、消えてしまう。
「あそこの星、まだ輝いてる」
「ほんとうだ」
少し高い家の屋根の上。少女と少年は空を見上げていた。
その中に一つだけ、街に降ることなく煌々と輝いている星があった。
それを見て、諦めを孕んだ口調で少女は言う。
「願っても叶わないなんて、人魚姫みたい」
「ニセモノの足を持った人魚姫の恋は結局、実らなかったからかい」
「そうね。私は翼を持っていても飛べないもの。どこにも行けないの」
少女は空に手を伸ばす。白魚のような指で星を掴む素振りをする。
手を伸ばしても届かない。翼を動かしても飛べやしない。
「あの星に願ったって、叶えてくれるわけじゃない」
「あの人が願えば届くかもよ」
「願って、くれるかしら」
きゅ、と手のひらを少女は握る。ここにはいない、彼の人の手を握りしめるように。
人間の世界にいるあの人。もし相思相愛だったのなら、あの人は願ってくれるだろうか。
もう一度、会えますように──と。
「私、消えてしまうのかしら」
「消えないよ。君は」
「想いは消えてしまうのね」
そうだね、と少年は静かに返した。
そうね、と少女も静かに頷く。
一度だけ、少女は人間の世界に行ったことがあった。
星に掴まって、人間の世界に降りて、あの人に出会う。少しの時間だったけれど、少女の気持ちが揺らぐには充分な時間だった。
あの人は飛べない翼を美しいと言い、星降る街を神秘的だと言った。
降るだけで、願い事も託せない星ばかりがある街なのに。
想いは星に乗ってどこかへ行くこともできず、言葉が伝わる場所にいるわけでもない。想いは募る一方で、体は星降る街に縛りつけられている。
それでもきっと、想いが消えてしまう時が来る。何年も経てば、新しい人に出会えば。それ以上の気持ちを知る時が来たら。
あの人を、忘れることができるだろう。
「もう一度、人間の世界へは行かないのかい」
「出来ないの。人間の世界へ降りる星を見つけるのはとても難しいから」
「この星に願いを託すことができたら、いいのにね」
言葉は返さず、少女はただ頷いた。
どんな願い事でもいい。あの人に想いを伝える願いでも、あの人を忘れられるような願いでも。この想いをどこかへ散らせることができたのなら、苦しまな
い。
意味のない翼を憎むこともない。
「ねぇ、星は何故消えてしまうと思う?」
「星に託された願いが、果たされたから。だからこの街に降る」
「そうだね。それじゃあ、何故この街に降ることなく、まだ輝いている星があると思う?」
「まだ、願いが果たされていないから」
そうだね、と少年は言い微笑んだ。
そして立ち上がると少女の手を掴んで、行こう、と穏やかな口調で言う。
飛べない翼を広げて。
「あの星は、まだ輝いているよ」
と、先ほど見つけた星を指差した。
街に降っては消えて行く星の中で未だに白色の光を放つその星を。
「飛べないわ」
「大丈夫。あの星は、きっと君の願いを叶えてくれる」
そう、少年は言ってふわりと体を浮かせた。
飛ぶことができないと言われている翼で、軽やかに。そして少女の手をひいて、宙へと誘う。
驚く少女に少年は微笑みを向けるだけだった。
その笑顔の意味も、星の願いも分からない。けれど、願いを叶えてくれるような気がした。
あの人が美しいと言った翼に、神秘的だと言われたこの街に、願いが降りた。
「君の願いも叶ったよ」
と、二人は輝く星に手を伸ばした。
終